「俺の前に、サンマは縦に置け」と言う先輩がいた。
意味がわからないと思う。俺も、わからなかった。
ある日の飲み会で、その人がサンマの塩焼きを頼んだ。料理が運ばれてくると、横長の皿に普通に盛られたサンマを、先輩は皿ごと縦に半回転させた。自分に対して、頭が手前、尻尾が奥を向くように。
なぜ縦なのか、理由はわからない。ただ、本人の中には、確固たる流儀があるらしかった。そういえばこの人は、「俺は魚をキレイに食う」というのも口癖だった。きれいに食う、というから、頭と骨を上品に残すくらいの話だろうと、俺は聞き流していた。
実はこのときのことを、俺は当時のブログに書き残している。読み返すと、自分でもその場の戸惑いが蘇ってくる。
箸で頭を切り離したかと思いきや、縦にした状態で胴体にかぶりついて行く。
「切り離したかと思いきや」と書いているが、記憶では、切り離してすらいなかった。先輩はサンマを一本まるごと、縦にしたまま、頭からかじりついたのだ。ポッキーを食べるみたいに、頭から尻尾に向かって、一気に。
一口毎に『身』『骨』『はらわた』を一緒に食べてる姿は圧巻・・・つーかそんな食べ方見たこと無い(-.-;)
「圧巻」と書いている。
ほめているのか、引いているのか。たぶん両方だ。語尾の「(-.-;)」だけが、やけに正直だった。
身も骨もはらわたも、まとめてバリバリ。残ったのは、頭ですらなかった。
あの、サンマの黄色いくちばしだけが、皿にぽつんと残っていた。あんなにきれいに食べ尽くされたサンマを、俺は後にも先にも見たことがない。
そして先輩は、得意げにこう言った。当時のぼくは、その言葉まで几帳面に記録している。
新鮮であれば、頭もいけるんだと(ーー;)
いや、新鮮かどうかの問題ではない。
『一口毎に味が違って旨いよ!』・・・だと。 しっぽ側より頭側の方が旨いらしい・・・
味の違いを語る前に、まず骨が気にならないのか。
そして、この記事のいちばんの問題は、最後の一行だ。さんざん呆れて見ていたはずの俺が、こう締めくくっている。
今度やってみるべか?
やってみるべか、ではない。
気仙沼に住んでいると、サンマを食べる人間は数えきれないほど見る。それでも、頭からポッキーみたいに丸かじりして、くちばし一本だけ残した人間は、あの先輩ただ一人だ。
「俺は魚をキレイに食う」。あの言葉だけは、いまだに信用していない。
ちなみに、この話には後日談がある。
大阪に住んでいる気仙沼出身の友人が、この話をどこかで聞きつけて、大阪のラジオにネタとして投稿したらしい。そして、読まれたという。
気仙沼の居酒屋で、サンマをくちばし一本残して平らげた先輩は、本人の知らないところで、大阪の電波に乗っていた。
あの食べ方は、もしかして、大阪あたりで伝承されているのかもしれない。
いや、そんなわけはない。
あんなものは、土地の食文化ではない。
たぶん、あの先輩だけの文化だ。
気仙沼には持ち帰らないでほしい。
あなたの周りにも、忘れられない食べ方をする人はいませんか。
いたら、ぜひ返信で教えてください。
サンマ先輩を超える猛者がいたら、かなり知りたいです。
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ikazukinさん、はじめまして😊
タイトルからやられました笑
黄色いくちばしって…
え?なんでそこだけ残した?🤣
口に刺さるから?新鮮じゃないから?笑
カートもアニサキスも台ふきんもおもしろかったでーす😂