返すつもりだった1万円と、返せないでいる6万5千円
もらったお金を、自分のものにしきれない人がいる
返すつもりだった1万円は、10年以上、食器棚の皿の間に眠っていた。返したい6万5千円は、今も彼の手元にある。
同じ男の話だ。
友人が、会社のイベントを手伝ってくれたことがある。朝から来る予定が仕事の都合で夕方からになった。大した仕事もできなかったと本人は恐縮していたが、社長は「次もお願いしますよ」という意味を込めて、バイト代を渡した。受け取れないと強く拒んだが、強引に握らされた。
その夜、打ち上げがあった。飲んで、笑って、酔っ払って帰宅した。
酔いながらも、頭の片隅にあった。このバイト代は返さなければいけない。ただ、財布に入れておくと使ってしまう。だから隠すことにした。
食器棚の皿と皿の間に挟んだ。ただ、ここだと見つかるかもしれない。別の場所に移した。でもそこも不安で、また移した。結局どこかのタイミングで、また食器棚に戻したらしい。
翌朝、どこに隠したか分からなくなっていた。
その後、何年か経って、食器棚の皿の下から2番目に1万円札が挟まっているのを見つけた。10年以上経っていたと思う。今更返しに行くタイミングも見つからず、今もそのままになっている。
その彼が、今度は6万5千円の行き先で悩むことになった。
同級生たちと飲んでいたとき、彼がふと言った。「そういえば、昔もらった金貨があってさ」。
1992、3年ごろのことだ。別の友人の引っ越しを手伝ったとき、お礼として金貨を1枚もらった。カナダ王立造幣局発行のメイプルリーフ金貨、1990年製、1/10オンス。当時の相場で、4千円ほどの価値だった。ありがたく受け取って、そのままどこかにしまい、忘れた。
30年が経った。引っ越しのどさくさで出てきたその金貨を、買取店に持ち込んだ。1件目は2万5千円。ネットで調べた相場と開きがある。怪しいと思って断り、別の店へ向かった。今度は6万5千円を提示された。
ただ、その金額を聞いたとき、彼が真っ先に考えたのは「儲かった」ではなかった。
「どこに返せばいいか」だった。
たぶん、6万5千円という金額がついた瞬間、ただの記念品ではなくなったのだと思う。出所を探すことにした。飲み会の席に、心当たりの1人がいた。「あ、俺かも。引っ越しのとき渡したと思う」。あっさりしたものだった。「返すよ」と言ったら、「いいよいいよ、あげたものだから」と笑われたという。
それでも1人で懐に入れる気にはなれない。いつかみんなで旅行に行くときにでも使おうか、と思っているらしい。
4千円の金貨が、30年かけて6万5千円になった。
でも、この話を聞いて面白かったのは、値上がりしたことではない。
それを、すぐに自分のものにできなかったことだ。
返すつもりだった1万円は、10年以上経って皿の間から出てきた。返したい6万5千円は、今も手元にある。
どちらも、返せていない。
この男、お金の行き先だけが、いつも迷子になる。
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